2009年10月13日火曜日

談林の軽み

芭蕉の軽みは談林の軽みの焼き直しにすぎない。角川春樹氏の以下の洞察に共感する。我が意を得たり。

『私は談林派俳諧から出発し、境涯句を志した芭蕉が、談林俳諧に存在した頭ずの高い「風刺」の精神をも否定してしまったことを残念に思う。芭蕉晩年に到達した「軽み」の思想は、後世誰もが疑うことなく芭蕉独自の世界と解釈しているが、芭蕉が提唱した「挨拶」と「滑稽」とは一体なんだったのであろう。西山宗因を中心とする談林派は、軽妙な口語使用と滑稽な着想によって流行した。芭蕉の軽みの代表句とされる次の一句、

 むめがかにのつと日のでる山路かな

は、一体どうなるのだ。この句の本質は軽妙な口語を使用した滑稽句ではないのか?「軽み」とは、形を代えた談林派の思想ではないのか? 芭蕉学者は、私の素朴な疑問に真摯に答えていただきたい。

柄井(からい)川柳が選句した「川柳」は、多くの口語を用いて、人生の滑稽、機知、風刺に視点を当てたが、芭蕉が談林派から切り捨てた財産の一部を継承したのではないのか? さらに正岡子規は、芭蕉の発句(ほっく)の大事な「滑稽」さえも、「俳句革新」の名の下に切り捨ててしまったのではないのか?』 (角川春樹)

魂の一行詩

参考:
宗因と芭蕉の同座が知られる唯一?の百韻。後に芭蕉は「宗因なくんば、我々が誹諧今以て貞徳が涎をねぶるべし。宗因は此道中興開山なり」(去来抄)と述べている。

   延宝三年 「いと涼しき」百韻

1  いと涼しき大徳也けり法の水     宗因  夏
2    のきば軒を宗と因む蓮池     従画  夏
3  反橋のけしきに扇ひらき来て     幽山  夏
4    石壇よりも夕日こぼるゝ     桃青   (芭蕉)
5  領境松に残して一時雨        信章  冬(素堂)
6    雲路をわけし跡の山公事     木也
7  或は曰く月は海から出るとも     吟市  秋月
8    よみくせいかに渡るかり鴈がね  少才  秋
9  四季もはや漸々早田刈ほして     似春  秋
10   あの間此間に秋風ぞふく      筆  秋
11 夕暮は袖引次第局がた         画  恋
12   座頭もまよふ恋路なるらし     因  恋
13 そびえたりおもひ積て加茂の山     青  恋
14   室のとまりの其遊びもの      山  恋
15 革枕おきつ汐風立わかれ        也  恋夏
16   一生はたゞ萍におなじ       章  夏
17 わびぬればとなん言しもきのふ今日   才
18   それ初秋の金のなし口       市  秋
19 十年を爰に勤て袖の露         因  秋
20   おほん賀あふぐ山のはの月     春  秋月
21 春は花もみぢの頃は西の丸       山  秋
22   参内過て既に在江戸        画

23 時を得たり法印法橋其外も       章
24   親筆なれどあたひいくばく     青
25 哥のこと世上に眼高うして       春
26   明石の浦は蟹もしる覧       因
27 蛸にも其入道の名は有ぞかし      画
28   八日/\は見えし堂守       也
29 今もかも例をたがへぬ仏生会      市  夏
30   夏花やつゝじ咲匂ふらん      春  夏
31 あの山の風をもがなと窓明て      才
32   月の前なる雲無心なり       山  秋月
33 露時雨ふる借銭の其上に        因  秋
34   見し太夫さま色替ぬ松       市  秋
35 空起請烟となるも理りや        山  恋
36   夜討むなしき野辺の夕暮      因
37 あてのみの酒気を風や盗むらん     春
38   雨一とおり願ふ川ごし       吟
39 名号の本尊をかけよ鳥の声       也
40   それ西方に別路の雲        章
41 口舌事手をさら/\とおしもんで    市  恋
42   しら紙ひたす涙也けり       青  恋
43 高面をのぞく障子の穴床し       才
44   ゆびのさきなる中川のやど宿    因
45 蒔絵さへ寺町物と成にけり       山
46   数寄は茶湯に化野の露       春  秋
47 石灯籠月常住の影見えて        青  秋月
48   雪隠につゞく築山の色       画  秋
49 ますき垣南山并に花の枝        因  春花
50   うり家淋し春の黄昏        市  春

51 欠落の跡は露の立替り         春  春
52   雪崩れする其岩のはな       山  春
53 松明の煙につゞく白湯かた       章
54   果しあふよに出あへや出あへ    因
55 声高のみなもと聞ば衆道也       画  恋
56   よりて芝居の垣間見をせん     市  恋
57 おもほえず古巾着の銭をさぐり     吟
58   めくら腰ぬけ夢の世中       春
59 慮外者さはらばなどゝ肱を張      山
60   上様風の吹旅の空         才
61 御荷物に唐船一艘つくられたり     因
62   蜘てふ虫も糸のわけ口       春
63 鬢を撫て来べき宵也月の下       画  秋月恋
64   伽羅の油に露ぞこぼるゝ      也  秋恋
65 恋草の色は外郎気付にて        春  秋恋
66   はながみ袋形見なりけり      才  恋
67 さる間三年はこゝにさし枕       青  恋
68   親の細工をあらためずして     因
69 何物が人のかたちと成やらん      市
70   しばし楽屋の内ぞ床しき      山
71 来て見れば有し昔にかはら町      也
72   小石をひろひ塔となしけり     章
73 ない物ぞ真の舎利は求ても       画
74   誰かしつつる天竺の秋       春  秋
75 牢人を尋出たる空の月         因  秋月
76   霧にこもりし城の遠近       山  秋
77 花をる事附り堀の魚取事        章  春花
78   すり餌によする梅のうぐひす    市  春

79 やよ見たか祇園のあたりのはるの空   才  春
80   うしろ帯して塗笠編笠       春
81 屋敷者跡にたつたは年こばい      市
82   順の舞には小々姓が先       吟
83 常紋の袴のそばをかいどりて      春
84   雨にも風にもかよはふよなふ    因  恋
85 夢うつゝ女姿のちみどろに       山  恋
86   胸にたくのを別火とやいふ     也  恋
87 しゝくふた酬いを恋にしられたり    章  恋
88   たが参宮の伊勢ものがたり     市  恋
89 見たい事ぢゃ松坂こえてかけ踊     因  秋
90   遠く遊ばぬ盆の夕暮        春  秋
91 住つけば残る暑さも苦にならず     画  秋
92   月はこととふうら店の奥      山  秋月
93 秋の風棒にかけたる干菜売       青  秋
94   賤がこゝろも明樽にあり      因
95 綱手をもくり返しぬる網のうけ     山
96   あこぎが浦や牛のかけ声      市
97 みづらいふわっぱも清き渚にて     章
98   馴てもつかへたてまつる院     画
99 そも是は大師以来の法の華       春  春華
100  土の筆にも道や云らん       才  春

芭蕉全連句PDF版 by 生角さん  
芭蕉連句全註解 第一冊、島井清、桜楓社、昭和54年
西山宗因全集 第三巻 俳諧篇、尾形仂・島津忠夫監修、八木書店、2004年

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