2012年9月27日木曜日

正岡子規『俳諧大要』より第八章 俳諧連歌を抜粋

第八 俳諧連歌

一、易、源氏、七十二候など、その外、種々の名称あれども多くは空名に過ぎず。実際に行はるる者は歌仙を最も多しとし、百韻これに次ぐ。

一、歌仙は三十六句を以て成り、百韻は百句を以て成る。長句、短句にかかはらずこれを一句といふ。発句と最後の一句を除きて外は各句両用なるを以て、歌仙には三十五首の歌(則ち長句短句合わしたる者)あり、百韻には九十九首の歌あるわけなり。

一、歌仙は長に過ぎず、短に過ぎず、変化度に適せり。故に芭蕉以後は歌仙最も多く行はれたり。初学の人、連句を学ぶ、また歌仙よりすべし。

一、連句は変化を貴ぶ故に、その打越に似るを嫌ふ。即ち第三の句は第二句に附くこと言ふまでもなく、しかして第一句とはなるべく懸隔せるを要す。けだし第一句、第三句共に第二句に附く故に、両句動もすれば同一の趣向となり、あるいは正反対の趣向(黒と白、男と女、戦争と平和等の如し)となるを免れず。同一の趣向の変化せざるは勿論にして、正反対の趣向もまた変化せざるものなり。

一、「二句去り」、「三句去り」などといふことあり。「何句去り」とは、何句の間その物を泳みこむを禁ずといふことなり。例へば「竹は木に二句去りなり」といへば、木を詠み込し句より後二句の中には、竹を詠まれぬが如し。これらの法則は余りうるさきやうなれども、つまり法則的に変化せしめんとの意より出でたる者にして、愚人に連歌、連句を教へんがためなり。いやしくも変化の本意を知る者は、かかる人為の法則に拘泥するに及ぱず。ただ我が思ふままに馳駆して可なり。試みに芭蕉一派の連句を披き見よ。その古格を破りて縦横に思想を吐き散らせし処、常にその妙を見はすを。

一、古来定め来りし「去り」「嫌ひ」は、やや寛に過ぐるを憂ふ。二句去り、三句去りといふもの、多くは五句も六句も去らざれば変化少かるべし。

一、歌仙は分ちて表六句、裏十二句、名残の表十二句、名残の裏六句となす。

一、「月花の定座」なる者あり。そは月と花とを詠みこまざるべからざる句をいふ。即ち「月の定座」は表の第五句、裏の第七句、名残の表の第十一句とし、「花の定座」は裏の第十一句、名残の裏の第五句とす。但しこの句と固定せるにはあらず。時に応じて種々に動くべし。

一、表六句(百韻は八句)には神祗、釈教、恋、無常、述懐、人名、地名、疾病等を禁ず。窮屈なるやうなれども一理なきにあらず、従ふべし。元来歌仙全体を一つの物と見る時は、表は詩の起句の如し、故に此処はなるべくすらりとして苦の無きやうに致し、以て後段に変化の地を残し置くなり。二の表は、更に変化を要する所なりとぞ。

一、脇(第二句)には字止といふ定めあり。字止は名詞止なり。第三には「て止」といふ定めあり。これら、あながち固守すべきにもあらねど、また一理なきにもあらず。初学は古法に従ふべし。

一、春秋二季は三句乃至五句続き、夏冬二季は一句乃至三句続くを定めとす。時の宜しきに従ふべし。

一、月といふ者、必ずしも秋月なるを要せず。殊に裏の月は秋月ならぬ方、かへつて宜しからん。

一、花といふ者、必ず桜花なるを要せず。梅、桃、李、杏、もとより可なり。他季の花を用うる、また可なり。花と言はずして桜といふ、もとより可なり。各人の適宜に任すべし。 *注:古式の引用であろう。芭蕉門では桜以外の植物の花を正花とはみなしていない。

一、恋を一句にて棄てずといふ定めあり。従ふに及ばず。

一、百韻は初折表八句裏十四句、二の折表十四句裏十四句、三の折表十四句裏十四句、四の折表十四句裏八句なり。

一、百韻の月の定座は、表の終より二句目、裏(名残の裏を除く)の九句目なり。花は、裏の終より二句目なり。百韻にては殊に月花の定座に拘泥すべからず。

一、百韻は長き故に、ともすれば同一の趣向に陥りやすし。全体の変化に注意すること、最も肝心なり。一句々々の附具合も、歌仙に比すれば親句多かるべし。しからざれば窮屈なる百韻 となりをはらん。

一、規則、附様等、一々に説明しがたし。古書について見るべし。

一、俳諧連歌における各句の接続は、多く不即不離の間にあり。密着せる句、多くは佳ならず、一見無関係なるが如き句、必ずしも悪しからず。切なる関係なしとは見えながら、また前何と連続せざるにもあらざる処に、多く妙味を存するなり。初学のために一例を挙げて解釈すべし。

一、左に録する俳諧連歌は十八句より成り、召波十三回の迫悼会に催せし者と知らる。脇起とは、その座にをらぬ人の俳句を竪句(第一句)として作る者にて、追善の場合に亡き人の句を竪句とすること普通の例なり。これもまたしかなり。*注:以下各句の評釈は省略。

冬ごもり五車の反古のあるじかな  召波
  ひとり寒夜にホトギうつ月   維駒
郊外何焚やらん煙して       鉄僧
  流れの末の水は二筋      臥央
枝伐て一のまぶしを定むらし    蕪村
  甥の太郎が先づ口をきく    百池
新宅の夏を住みよき柱組      也好
  水打ちそゝぐ進物の鯛     春坡
裂けやすき糸の乱れの古袴     正巴
  妻を奪ひ行く夜半の暗きに   之兮
ちら/\と雪降る竹の伏見道    道立
  小荷駄返して馬嘶ふらん    我則
泣く/\も棺を出だす暮の月    自笑
  よからぬ酒に胸を病む秋    佳棠
小商ひ露のいく野の旅なれや    湖柳
  燕来る日の長閑なりけり    湖嵓
反古ならぬ五車の主よ花の時    几董
  春や昔の山吹の庵       田鶴


一、この連句にて、各句の附具合はそれぞれに味ひありて面白し。ただ一句として面白き句は
水うちそゝぐ進物の鯛
裂けやすき糸の乱れの古袴
妻を奪い行く夜半の暗きに
ちら/\と雪降る竹の伏見道
なく/\も棺を出だす暮の月

など、などなるべし。

明治二十八年十月二十二〜十二月三十一日

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